大判例

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大分地方裁判所 昭和45年(わ)234号 判決

被告人 豊田徹男

昭一二・九・二九生 化粧品販売

主文

1、被告人を懲役六月に処する。

2、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

3、本件公訴事実中管理売春の点につき、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、販売の目的で、別紙一覧表(略)記載のとおり、別府市田ノ湯町一番二五号被告人自宅において、男女性交の場面又は男女性器を露骨詳細に撮影した猥せつ写真計約一一〇〇枚及び猥せつ写真本三〇冊を所持し、

第二、同年七月九日正午頃、前記被告人自宅において、後記日野ら四名より依頼をうけた旅館「たか」経営者中村ます枝より「私方旅館に女と遊びたいという男客がいるので売春婦をさし向けてほしい」と電話で売春婦の斡旋依頼をうけるや、幸ちやんこと大塚幸枝、ななこと麻生徳枝、京ちやんこと穴見京子及びまゆみこと福永ヤヨイの四名の売春婦に連絡して同女らを同市駅前町一二番四号所在の旅館「たか」に差し向けて、同所において右中村を通じ右売春婦四名を日野慧、重岡悟、藤原徳市及び篠原賢一に紹介し、もつて売春の周旋をし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の事実はいずれも刑法一七五条後段に、判示第二の四人の売春婦の周旋の事実はいずれも売春防止法六条一項に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条により最も重い判示第二の大塚幸枝に関する罪の刑に併合罪の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、被告人に前科なく改悛の情明らかであることを考慮し同法二五条一項により三年間右刑の執行を猶予することとする。

(無罪理由)

昭和四五年七月三〇日付起訴状公訴事実の要旨は、

被告人は、

1、昭和四四年二月初旬頃より同四五年六月下旬頃まで、売春婦京子こと穴見京子(三〇年)を、

2、同四五年二月初旬頃より同年六月下旬頃まで、売春婦あけみ又はまゆみこと福永ヤヨイ(二二年)を、

3、同四四年四月中旬頃より同四五年六月下旬頃まで、売春婦幸子こと大塚幸枝(三四年)を、

4、同四四年九月頃より同四五年六月下旬頃まで、売春婦かよ子こと神崎カヨ(二八年)を、

5、右同期間売春婦じゆん子こと藤田咲子(三一年)を、

6、同四四年一二月中旬頃より同四五年六月下旬頃まで売春婦奈々こと麻生徳枝(二三年)を、

7、同四五年一月中旬頃より同年六月下旬頃まで、売春婦とも子又はちびこと田渋智子(二三年)を、

別府市田ノ湯町一番二五号の自宅六畳間又は自己が久間敏弘から賃借している同市北的ヶ浜五番一一号立花マンシヨン三階一一号室に午後八時頃から午前一時頃まで待機させて居住させ、付近の旅館などにおいて、不特定の客を相手に対価を得て性交させ、その二割を自から取得し、もつて同女等を自己の占有する場所に居住せしめ、これに売春させることを業としたものである。

というにあり、検察官は右事実が売春防止法一二条の管理売春に該当すると主張している。

ところで、証拠によれば、麻生徳枝を除く売春婦らは被告人の管理しない場所に住所を有していたが、公訴事実の記載のとおりの期間それら売春婦らは被告人自宅又は被告人の賃借したマンシヨンの一室に午後八時頃より午前一時頃まで待機することが多く、この間被告人が市内旅館から売春婦派遣の依頼があるとその旨を待機中の売春婦に告げ、売春婦はその旅館に赴いて売春し、被告人は売春婦の取得した売春料のうち二割を世話料として取得していたことが認められる。

ところで、売春婦が別個に寝食をなす住居を持ちそこより一定時間のみ被告人の管理する場所に通つて来る場合でも売春防止法一二条の罪の成立を妨げず(最判昭四二・九・一九刑集二一・七・九八五)、この罪の成立には売春婦がその場所に「居住」すること自体についてその売春婦を束縛強制することを要しない(最判昭四二・一一・二八裁判集刑事一六五・二六一)のであるが、その売春婦を拘束して「売春」に従事せしめるに足る支配関係を要すると解される(最判昭四三・一一・二一裁判集刑事一六九・四七九)。

そこでこのような「売春婦を拘束して売春に従事させるに足る支配関係」の有無について判断する。証拠によれば、つぎのような事実が認められる。

1、前記売春婦らの多くは、前記被告人自宅又はマンシヨンに来て被告人の連絡を待つていたが、被告人は必ずしも売春婦に右待合せ場所に来ることを要求せず、売春婦の自宅に電話が架設されていれば売春婦が自宅で待機し被告人より連絡があるとき旅館に直行して売春することも多くあつたこと。(証拠略)

2、多くの売春婦は一ヶ月に一五日以上、午後八―九時頃より前記場所に来て待機していたが、売春婦の都合により休み、又は遅く来ることも自由であつて、そのように休み又は遅れたことによつて、自らの売春対価を得られないことのほかには、処罰等何等の不利益を科せられなかつたこと。右のように休み又は遅く来る際及び右待機場所より外出する際には売春婦は被告人に連絡するよう被告人は求めていたが、これは売春婦を遊客に周旋する予定を明らかにするためであつて、外出連絡は比較的守られていたが、売春婦が連絡なく休むことも多かつたこと。(証拠略)

3、売春婦のなかには、被告人に無断で被告人周旋による売春行為を止めるものもあつたこと。(証拠略)

4、売春婦は待機場所に来ても、短時間の売春又は泊りの売春を断ることも自由であつたこと、また売春婦自宅に被告人より電話があつた場合でも、売春婦が自己の都合により売春を断ることも自由であつたこと。(証拠略)

5、被告人に旅館より売春周旋依頼があつた場合、依頼者より具体的な売春婦指定や売春婦自身の辞退がない限り原則として、待機場所に早く来たものから順番に、あるいは売春婦同志で相談して決めた者が売春場所に赴いていたこと。(証拠略)

6、旅館は遊客より売春婦周旋の依頼をうけると被告人に連絡し、被告人は売春婦に旅館名を告げ、売春婦はその旅館に行つて売春していたこと。売春の対価は短時間の場合は一、五〇〇円より二、〇〇〇円、泊りの場合は多くの場合七―八、〇〇〇円ぐらいの間で旅館側か、場合によつては旅館側と被告人が、相談して定め、被告人がこれを売春婦に告げていたこと。(証拠略)

7、売春行為は周旋を依頼して来た旅館で行われ、被告人が管理する場所で行われたことはなく、また被告人又はその指示する者が売春婦が売春場所に行くのに同行したことはないこと。(証拠略)

8、売春の対価は、被告人が他の周旋業者から依頼を受けた場合を除いては、売春婦が売春場所である旅館で旅館の主人から受取つており、被告人がまず受領することはないこと。(証拠略)

9、売春婦は原則として右のように受領した額のうちより二割の世話料だけを被告人に手渡しており、被告人に受領全額を渡してからその八割を改めて受領するものではなかつたこと。この世話料の交付は原則として売春の当日に行われていたが、売春婦が自宅より直接旅館に行つて売春した場合、又は泊りで売春した場合には翌日になされていたこと。(証拠略)

なお(証拠略)のうち「売春婦がお客を嫌つたり遅く来たとき、又は他の売春周旋人のところに行つたときは、被告人がそれらの売春婦を殴つたことがある。」との供述部分は他の証拠と対比し、信用できない。

また(証拠略)には、「二割の世話料は強制的に納めさせられていました」との供述部分があるが、これは抽象的な供述部分であつてこの世話料を納付しない場合更に周旋して貰えない不利益があるにしても、それ以上にどのような強制が加えられていたのか明らかでないからこれを採用することはできない。(証拠略)には、「待機場所からの無断外出、欠勤はいけないことになつていた」との部分があるが、前示2掲記の証拠によれば現に外出、欠勤、遅刻などが少なくはなかつたことが認められるから、これら証拠をもつて前示2認定以上の事実を認めることはできない。

以上のような認定事実のもとでは、被告人が前記の売春婦らを拘束して「売春」に従事せしめるに足る支配関係を行使したものとは認められない。前記最判昭四三・一一・二一の原審(判例時報五七八・九二参照)は、被告人は売春婦を自己の店舗に通わせて午後七時半ごろから午前一―二時ごろまで待機させ、夜食代を与え、同店舗の階上で売春させ、同女が同店舗に通うのを休むときは必ず被告人に連絡させていた事実を認定したが、最高裁はこの事実関係のもとでは「売春婦を拘束して売春に従事させるに足る支配関係があつたものと認めることはできない。」として有罪判決を維持した原審判決を破棄しているのであつて、この事実と比較するとき本件では待機時間も短く、被告人の支配力の及ばぬところで売春しており、待機場所への欠席、退出の連絡も必ずしも遵守されていなかつたのであつて、その他の前示認定事実をも考慮すると、右最判の事例より強い支配力が行使されたものということができない。

また管理売春が成立するとされた前記最判昭四二・九・一九の事例は、売春の対価をまず被告人が受取つてのち、その半額を売春婦に交付していたものであり、待機場所より無断外出することを禁止し、被告人が遊客を待機場所と同じ建物内で被告人の管理する客室内に案内しそこで売春行為を行わせていたものであつて、本件に比するとはるかに被告人の支配力の行使が強いものである。また右二件の最判ののちになされた(これ以前の下級審判例はあまり参考とはならない)福岡高判昭四四・一・二九刑集二二・一・一でも、管理売春の成立が認められているが、こゝでは被告人が売春婦及び遊客を旅館まで送り届け、身代は被告人が遊客より受けてのち所定配分率により各売春婦に分配し、売春婦が無断欠勤をした場合には罰金の制裁のあることを告げる等、はるかに強い拘束力を売春婦に行使しているのであつて、右二件の判例をもつて本件の参考とすることはできない。

要するに、本件全証拠によるも、被告人が公訴事実記載の売春婦らを「拘束して売春に従事させるに足る支配関係」があつたと認めることができない。よつて本件管理売春の点につき犯罪の証明がなく、本件公訴事実については当初より弁護人が犯罪の成立を争つているのに検察官は予備的訴因の追加もしないから無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

別紙一覧表(略)

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